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障害者虐待者の五輪不起用

小山田圭吾さんの東京オリンピック・パラリンピック起用回避
東京オリンピック・パラリンピックの開会式の音楽担当であったミュージシャンの小山田圭吾さんが辞任した。遅きに失したと考えるが、これまでの経緯を振り返っておこう。

小山田さんは、小学生時から高等学校生時にかけて、障害のある同級生に対して凄惨な暴行・虐待を繰り返し、成人後の1990年代、雑誌のインタヴューでその事実を公開した。報道では虐めと表現されているが、小山田さんが行った行為はそのような言葉では言い表すことのできない凄惨なものだ。そして、報道ではその行為を公開した行為を告白と呼んでいるが、とても真摯な反省をしているとは思われないものであり、むしろ真摯な反省を行わずに嘲笑気味に事実を公開することにより、同級生に対して二次被害を与えるようなものであった。小山田さんは雑誌の表現には事実誤認や誇張があると主張するが、そうであれば、何が事実誤認や誇張なのか、即座に説明しなければならなかったはずだ。雑誌掲載後、長期間放置した以上、事実だと受け取るのが順当だ。また、成人後に嘲笑気味に事実を公開したことにより、小山田さんの行為は未成年時に行ったことだと弁明することさえできないものとなっている。

このような状況の下で、小山田さんが東京オリンピック・パラリンピックの開会式の音楽担当を外れることは当然のことだと考える。

「バイキングMORE」による扱い
フジテレビ系の情報番組「バイキングMORE」では、遅くとも7月19日から連日この問題を扱った。断っておくが、この番組は全く好きではない。新型コロナウイルス感染症の問題を笑いを取りながら扱うことがあるためだ。新型コロナウイルス感染症の話題は決して笑いの対象にしてはいけないと考える。

MC(番組進行役)の坂上忍さんは、東京オリンピック・パラリンピックの組織委員会の対応の稚拙さを詰った。確かに、この問題が表沙汰になり、加藤勝信官房長官が記者会見で見直しを促したにも関わらず、迅速に解任を決断することができなかったのは問題だ。

しかし、坂上さんが、自分が行った凄惨な行為に対して全く真摯に向き合おうとしてこなかった小山田さんを「さん」付けで呼びつつ、組織委員会の決断の遅れによって将来の活動に制約を受けることになるかもしれないと心配したり、人は自分が過去に行った行為に対してどのぐらいの期間責任を負わなければならないのかと疑問を呈したりする一方で、組織委員会の武藤敏郎事務総長などをこいつらと呼びつつ解任を迫った態度は、全くバランス感覚を失したものだと考える。坂上さんは、小山田さんの行為がいかに残虐なものかということを理解していない。確かに、小山田さんが将来にわたって活動に制約を受ける可能性は高いであろうが、それは自業自得というものであろう。また、坂上さんの疑問に答えるとすると、小山田さんのように、他人の人生に深刻な影響を与えるような常軌を逸した行為を行うと、オリンピック・パラリンピックの開会式の音楽担当などという晴れがましい舞台へは、永久に上がることができなくなるということであろう。決して不当なことではない。大局的なものの見方をすることができない坂上さんこそ、「バイキングMORE」のMCを降板するべきではないのだろうか。ちなみに、組織委員会の意思決定責任者は、武藤さんではなく橋本聖子会長であろう。

「虐め」という言葉の言い換え
学校から苛めを根絶しよう」に記したように、学校などにおいて特定の同級生をターゲットにした暴行行為などがなくならないのは、「虐め」という言葉が持つ卑近性も影響していると考える。もっと罪悪感を感じる言葉に言い換えるべきであろう。「校内暴行」、「校内虐待」、「企業内暴行」、「企業内虐待」などの言葉はどうであろうか。

(2021年7月22日執筆、2024年8月5日掲載)

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