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国民の選好を反映する政治

はじめに
本欄では現在の政治に対する批判を記すことが多かったので、ここで、理想と考える政治に言及してみたい。

現在の間接民主制の問題点
まず、現在の間接民主制や政党政治には疑問を感じている。その時々の政治課題に対して、既存の政党が国民の選好に対応する多様な選択肢を提供することができているとは考えられないのだ。たとえば、旧ユーゴスラヴィア連邦内の各共和国で社会主義政権を打倒するための選挙が行われた時、共産党に代わるべく国民に示された選択肢は民族主義政党だけであった。そして、選挙で勝利した各共和国の民族主義政党は民族融和を認めず、内戦への道を突き進むことになった。

また、日本においては、長らく政権与党に代わるべき選択肢は事実上示されてこなかったと言うことができる。状況が変わってきたのはようやく最近になってからのことであり、しかもこの傾向が今後も続くという保証はない。世界を見回すと、欧米先進国を除き、民主主義政治が採用されている国であっても同じような状況にある国は多いと思う。そのような国にあっては、民主主義というものは、政治が腐敗したり、全く望ましくない方向に進むことを抑止する効果はあっても、本来の目的である国民による政策の選択は適わないのだ。

しかし、その前に、多数の意思だというだけで政策の決定を行ってよいものかどうか考えなければならないであろう。たとえば、マレイシアにおいては、マレイ人が多数を占めており、マレイ人を旧マレイ系民族とともに一種の先住民族として分類し、教育や雇用などに関して優遇するブミプトラ政策が実施されている。現在は、マレイ人などの経済的地位が中国系国民などと比べて劣っているため、この政策は経済問題として取り上げられることはあっても政治問題として浮上することは少ない。しかし、仮にそのような状況が解消した後もこの政策が廃止されなかったとしたら、多数派民族による少数派民族の抑圧とみなされるであろう。

また、議会制度では、過半数を制するために様々な妥協が行われる。本来は意見を異にする人であっても、大同小異と考え、同じ政党を構成することも多い。しかし、そのような妥協は常に政治的に望ましい妥協だと言うことができるであろうか。重要な政治課題または利害関係が1つしか存在しない場合はそうであろう。しかし、重要な政治課題または利害関係が複数存在する場合はそのような保証はない。たとえば、アメリカ合衆国において、共和党と民主党が過半数を制するためにそれぞれユダヤ民族主義との妥協を図ろうとしたとすると、妥協によって成立する政策体系は、国民の総意を反映しているとは限らない。

政党政治の是非
それでは、どうすればよいのであろうか。順を追って考えてみよう。

まず、政党というものが本当に必要なのか、政党の結成は本当に憲法などで保障されるべき対象なのか、疑問に思う。各国が直面する政治課題は、常に変化するものであり、通常は複数存在する。そのすべてに既存の政党が国民に提供するべき選択肢を提供することができるわけではないのであれば、政党を保護する必要はないであろう。否、むしろ、政党の存在が国民の選考を的確に政策決定に反映させるための障害になり得るのであれば、政党の結成を禁止するということさえ考えられる。

ここまで主張すると、危険な思想だと忌避されるかもしれない。しかし、たとえば学校の学級会などで、議題に関わらず採決をともにするような集団を結成することは善しとされただろうか。そのような徒党を組むことは、派閥主義(小中学校ではそのような言葉は使われないであろうが)として嫌われたであろう。それでは、国会など政策決定の場において政党を結成することと、学級会において徒党を組むことの相違は何であろうか。

それは、政党はそれぞれが理想とする国家・社会像を提示し、その実現に向けて努力をともにすることを目的として結成されているということであろう。このことは、どのような社会が理想かということが国民のコンセンサスとして確立していない時代には重要なことだ。これまで、資本主義と社会主義・共産主義、重要産業の国家独占主義と市場競争主義、中央集権主義と地方分権主義、構造改革推進主義と構造改革慎重主義などの理念が対立し、議論を戦わせてきた。

このうち、資本主義か社会主義・共産主義かということについては、世界的に前者の優位性が明白になってきたと言うことができるであろう。ただし、自由放任とするのではなく、敗者復活のためのセイフティ・ネットの構築が必要だという認識も共有されるようになってきている。重要産業を国家独占とするか市場競争に委ねるかということについては、世界的なコンセンサスは確立していない。日本では鉄道や通信で分割民営化が行われるなどしたが、一旦民営化した分野で再国有化が行われた国もある。しかし、できるだけ多くの産業を市場競争に委ねることの重要性が認識されるようになってきている一方で、市場競争に委ねることにした重要産業についてある程度の国家の関与を行うことの必要性も認識されているであろうから、既に重要な対立ではなくなっていると言うことができるであろう。中央集権主義か地方分権主義かということについては、フランスなどを除いて後者が世界の潮流になってきている。日本では地方分権への動きは緩慢だが、その必要性は認識されるようになってきている。

構造改革を推進するか構造改革に慎重かという対立は残っているが、これは、既得権益をどの程度保護しながら理想とする国家・社会の実現に向けてのアクセルを踏んでいくかという問題なので、国家・社会像を巡る理念の対立とまでは考えなくてよいのではないだろうか。そのほかに、軍備拡張主義と軍備縮小主義の対立があるが、これは、国際社会の動きの中でどのようにして理想とする国家・社会を実現するかという問題なので、これまでの問題とは別に考えることができるであろう。

このように考えていくと、国家・社会像を巡る理念の対立は、既に解消しているか、または解消に向かいつつあると言うことができると思う。そうであれば、政党の役割は既に終わっているとも考えられる。そして、一方で、政党の存在が国民の選考を的確に政策決定に反映させるための障害になり得るのであれば、政党の結成を憲法などで禁止することも十分に考慮されて然るべきではないだろうか。

国民の選好の政策決定への反映
それでは、政党の結成を禁止するとして、国民の選好をどのようにして政策決定に反映させることできるであろうか。

まず、その時々の政策課題と選択肢を国民に示す必要があると思う。そのためには、一定の資格要件を満たす有識者を選挙で選出し、次の国政選挙における政策課題と選択肢、さらにはそれぞれの長所と短所を国民に示してもらうのがよいのではないだろうか。たとえば現在であれば、以下のようなものを想定している。

課題 選択肢 長所 短所
高速道路運営効率化 高速道路の無料化 割高な通行料金のために十分に活用されていない高速道路が従来より活用されるようになり、地方経済の活性化が可能。 自動車保有者のみの優遇。他の交通手段よりも優遇することは不公平。
日本道路公団民営化 環境の保全のためには、高速道路に過度に依存せず、ある程度地域内で完結するような経済を志向することが適当。 民間企業では、道路建設の経済に対する波及効果の総合勘案が困難。
自衛隊のイラク派遣 実施 イラク戦争の是非に関わらず、自衛可能な部隊を人道支援のためにイラクに派遣することは、国際協調の趣旨に合致。 自衛隊を多国籍軍に派遣することは憲法上の疑義があり、不適当。
非実施 イラク戦争には大義がない。治安の安定を待って経済協力を始めた方が無用な対立を惹起せず効率的な国際協力になる。 国際連合の常任理事国を目指す立場としては、主要国との非協調は問題。

国政選挙においては、このように、その時々の政策課題と選択肢を数組示す。また、経済政策上の立場(資本主義志向か社会主義志向か、所得再分配に積極的か消極的か)や軍事政策上の立場(軍備拡張志向か軍備縮小志向か)をそれぞれ10程度の段階に分類し、それぞれの説明とともに示すことにする。そして、すべての項目について候補者に自らの立場を明らかにするよう義務付ける。選挙活動においては、政策課題に対する立場や経済政策・軍事政策上の立場とその理由以外について演説したり情報を公開したりすることを禁止するのも一案だ。

国政選挙は、全国またはブロックを選挙区として実施する。そして、選挙後は、政策課題ごとにどの立場が多数派であるかを集計し、すべての政策課題において多数派に属することになった国会議員のうち、経済政策・軍事政策上の立場が極端でない人の中から総理大臣を選出する。総理大臣は、多くの政策課題において自らと立場を同じくする国会議員を中心に組閣をすることにする。国会議員は、アプリオリに与野党に分かれるのではなく、政策課題ごとに政府に賛成したり反対したりすることになる。このような政治制度が有効に機能するためには、議院内閣制的政府ではなく、大統領制的政府が必要であろう。

現在の政治問題を解決するためには、そのほかにも少数派の保護の問題などがあるが、それについては機会があれば稿を改めて論じることにしたい。

(2004年2月7日掲載、2004年9月5日更新)

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