日本経済新聞の6月25日付朝刊1面に、「エア・ドゥ再生法申請へ」と「道路公団 首相『上場めざす』」という2つの記事が掲載された。
市場原理を絶対的に信奉する人は、競争に敗れた企業の市場からの退出は当然のことであり、また、道路公団の民営化は、自由民主党道路族や国土交通省が主張する上下分離方式を退け上下一体方式を採用することさえできれば成功すると考えるかもしれない。
しかし、はたしてそうであろうか。検証してみよう。
まず、エア・ドゥ(北海道国際航空)の挫折だが、北海道庁出身者を中心とする経営陣の経営能力が不十分で、コスト管理意識に乏しかったという事情はあろう。
しかし、初期投資負担の重い運輸業に参入した意欲的な革新者を国を挙げて盛り立てていこうという気運が生まれなかったことも事実だ。日本経済新聞の記事を引用してみよう。
規制緩和の旗を振る国土交通省の対応も不十分だった。空港の発券窓口や搭乗ゲート割り当てで不利な扱いをうけたうえ、羽田空港の発着枠が満杯との理由で、希望通りの便数を確保することができなかった。
国土交通省が規制緩和の旗を振っているという記述には疑問が残るが、いずれにしても新興航空会社を育成しようとする政策が採られなかったことは明らかだ。これは、新興航空会社を狙い打ちにした大手航空会社の値下げを制限した欧米とは、明らかに異なる。また、北海道民も、エア・ドゥと競合する羽田−札幌線を狙い打ちにした大手航空会社の値下げの誘惑に勝てなかったと言うことができよう。そのコストは、今後、大手航空会社による値下げ措置の終了という形で、北海道民自身が支払わなければならない。
新興企業の参入は、経済の活性化のために不可欠だと考える。新興企業の参入の可能性がなければ、競争とは無縁の寡占企業の市場支配が強まる恐れがある。それは、効率性の追求が必ずしも最優先課題とされない世界だ。それを無批判的に市場と呼んでいるとすれば、滑稽ですらある。そして、新興企業の参入のハードルが日本で高くなっているとすれば、経済や地域の発展のために由々しき事態だとみなさざるを得ない。
次に、道路公団の民営化の問題だ。民営化の目的は、有料道路の整備を行うかどうかを採算見通しに基づいて決定し野放図な建設に歯止めをかけることと、事業運営の効率化を図ることであろう。上下分離方式と上下一体方式の問題点を検討し、第3の方式があり得ないか考えてみたい。
公的機関が道路を保有し、施工や管理などを民営化する上下分離方式は、有料道路の整備を行うかどうかに関して国が関与することを前提にしている。採算の合わない道路の建設を国の指示に基づいて行わなければならないとすると、計画的な企業経営は不可能であり、経営者にとって事業運営の効率化を図るインセンティヴは全く生じないであろう。民営化の目的が達成されないどころか不良企業を抱えることになり、最悪の策と言わざるを得ない。
では、上下一体方式はどうであろうか。民営化された企業が有料道路の整備を行うかどうかを採算見通しに基づいて決定することができるため、事業運営の効率化は図られるであろう。その意味で、次善の策と考える。なぜ最善ではないのか。それは、道路の建設とは、本来、単眼的な事業の採算性に基づいて決定されるべきものではなく、経済に対する波及効果を総合勘案して決定されるべきものだからだ。そのようなことは公共経済学の初歩であろう。民間企業は、道路建設による経済への波及効果を考慮しない。市場の失敗の一例だ。道路公団の民営化は、国が行うべき政策決定の放棄と同義だと考える。
民営化に反対すると、実は自由民主党道路族や国土交通省の主張に近いのではないかと思われるかもしれない。しかし、全くそうではない。これまでの道路建設は、経済に対する波及効果を総合勘案しても、あまりにも過大であったと思う。今後は、地域経済の根幹を担う道路に限定されるよう、徹底的な絞り込みが必要だ。そして、速やかに無料開放を行ってもらいたいと考える。
小泉純一郎総理大臣が出席した道路関係四公団民営化推進委員会の初会合と同じ6月24日、国土交通大臣の諮問機関の社会資本整備審議会道路分科会が、通行料金で建設費を賄う有料道路制度は限界が近いとの見解をまとめた。その中で、本州四国連絡道路や東京湾アクアラインに関し、採算見通しの失敗を猛省する必要があると指摘している。道路建設の見直しの姿勢を示すことで道路公団の民営化論議に歯止めをかけ、制度見直しの主導権を取り戻すことが狙いであろう。しかし、採算見通しを間違った原因についての分析は十分に行われているのか、これまで国土交通省の審議会委員を歴任し過大な道路建設に関する責任者の一人と考えられる中村英夫東京大学名誉教授がこの見解をまとめたのはなぜなのか、今後も過大な道路建設が行われた場合に誰が責任を取るのかなど、疑問点は多い。無批判的な市場原理崇拝の愚を承知しながら、国土交通省にも信を置くことができない所以だ。
(2002年6月26日掲載)
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