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JISボードNO

親指シフトって?
日本語入力の方法には大別するとローマ字入力とかな入力の2種類がある。そして、かな入力の中ではJISかなと親指シフトが主流であろう。ローマ字入力とかな入力にはそれぞれ長短があるが、まずはかな入力について考えてみよう。

JISかなはかな入力として最もよく見かけるものだ。しかし、かながキーボード4段にわたって配列されているため、一般のユーザーがタッチ・タイピングを行うことは非常に難しい。実際にこの方法で日本語入力を行っているユーザーは非常に少ないと思う。

それに対し、親指シフトは、高速タイピングが可能になるように、タッチ・タイピングが容易な3段にかなを収めるための工夫を施している。すなわち、1つのキーに2つのかなを割り当て、親指キーとの同時打鍵を行うかどうかによって打ち分けることになっている。

富士通が開発した入力方法であり、ワード・プロセッサー専用機全盛の時代には親指シフト入力が可能なOASYSが一世を風靡した。親指シフト・ユーザーの数はかなりの数に達し、特にヘヴィ・ユーザーの中に親指シフト・ユーザーが多かった。しかし、パーソナル・コンピューター独占の時代に入るとキーボードの標準化が始まり、親指シフト入力が可能なキーボードを目にすることは少なくなった。富士通でさえ、親指シフトを重視しなくなったのだ。

親指シフトの普及活動の停滞
親指シフトは富士通以外の他社にも開放されており、NICOLA(日本語入力コンソーシアム)という普及啓発団体が設立されている。ウェブサイトを見ると、NICOLAは、親指シフトの普及のために、JIS規格としての指定を申請しているらしい。しかし、これは一朝一夕には進まないようだ。

現状で親指シフト入力を行うためには、2通りの方法がある。それに対応したキーボードを接続する方法と、それに対応したソフトウェアをインストールする方法だ。前者は、それなりの費用を伴うし、ノウトブック・コンピューターには適さない。後者は、あたかもキーボードに親指シフトが刻印されているかのごとく仮想してタッチ・タイピングを行うものなので、親指シフト配列を完全に記憶していることが必要条件となる。したがって、OASYSなどからの乗り換えユーザーを除くとハードルが高い。以上のことから、このままでは親指シフトは先細りになる懸念がある。

親指シフト歴
本題からは離れるが、ここで親指シフト歴を記しておく。大学ではホスト・コンピューターに接続された端末機器を使っていたが、日本語入力システムはなく、専らアルファベット(英語とローマ字)の入力を行っていた。最初の職場には親指シフト入力が可能なOASYSが導入されており、ローマ字入力を継続するかどうか迷ったが、入力効率の高そうな親指シフトを選ぶことにした。これが親指シフトとの出会いだ。

その後、職場が変わったりパーソナル・コンピューターを使うようになったりしたため親指シフト入力を行うことのできない環境に置かれたが、個人用に買ったOASYSでも親指シフト入力用を選んだ。また、パーソナル・コンピューターには、富士通のライセンスによってアスキーが製造し親指シフト入力を行うことのできるASkeyboardというキーボードを接続した。そして、ワード・プロセッサーはジャストシステムの一太郎、FEP(IME)はATOKという当時主流であったコンビネイションを排し、それぞれ管理工学研究所の松とヴァックスのVJE−βを選ぶことによって、OASYSに近い操作環境を構築した。

ところが、ノウトブック・コンピューターを使用するようになって、再び親指シフト入力を行うことのできない環境に置かれるようになった。しかし、ソフトウェアで入力方法を制御することによって親指シフト入力を可能にする親指ひゅんQの存在を知り、それ以来、自宅のパーソナル・コンピューターなどにインストールして重宝している。

親指シフトの普及活動の問題点
本題に戻ると、専門家の間ではほかの入力方法と比べた親指シフトの入力速度上の優位が知られている。NICOLAのウェブサイトでも、ローマ字入力と比べた親指シフト入力の速さを強調している。

しかし、親指シフトの普及のためにローマ字入力と比較するという戦術には疑問を感じる。そもそも、パーソナル・コンピューター独占の時代にローマ字入力を行うユーザーが増えたのは、各種操作の際に英字を入力する必要があり、いずれにしても英字の配列は覚えなければならないため、日本語入力の際にもその知識を活かそうとするユーザーが多くなったことも影響している。かな入力を行おうとすると、英字の配列とかなの配列の両方を覚える必要があり、当初の負担が大きいのだ。極端な場合、英字入力の比率が高いユーザーの場合は、親指シフトを覚えることにより全体としてかえって入力効率が低下することもあるかもしれない。そして、ローマ字入力を行うユーザーがこれだけ多い現状では、ローマ字入力の非効率性を指摘することは、反発を買うのみという結果にもなりかねない。

また、親指シフト入力の効率性をユーザーに喧伝することに重点を置くことも適当ではないように思う。親指シフト入力の効率性をいくら理解したとしても、通常のユーザーが簡単に親指シフト入力に移行することのできる環境ではないからだ。

親指シフト普及のための提言
そこで、以下の3点を提言する。第1は、親指シフトの効率性は、JISかなとの比較において強調するべきだということだ。第2は、親指シフトの巻き返しは、ユーザー主導ではなくハードウェア・メイカー主導によって行うべきだということだ。第3は、親指シフトの普及は、マスメディアや家電量販店を最大限に利用して国民運動として盛り上げることによって行うべきだということだ。以下で順に説明しよう。

第1に、親指シフトの効率性をJISかなとの比較において強調するということについて。ローマ字入力との比較では、見方によっては優劣を判定することは容易ではない。ユーザー数の彼我の差異がこれだけ大きい現状では、反発を買うだけで、論争を巻き起こすことにさえ失敗する可能性が高い。そこで、もっと弱いライヴァルであるJISかなを競争相手にするのだ。論点としては、JISかなではかながキーボード4段にわたって配列されているがこれではタッチ・タイピングを行うことが非常に難しいこと、親指シフトでは打鍵の頻度の高いかなをホウム・ポジション(打鍵しない時の各指の位置)に近い中段に集中させているがJISかなではそのような配慮がなされていないこと、JISかなでは濁音や半濁音の入力のために2回打鍵しなければならないこと、JISかなではかな入力の状態から切り替えを行わないと数字を入力することができないこと(テン・キーが付属している場合を除く)などが考えられる。この比較により、JISかなには日本語入力の方法として問題があるのを再確認することができるはずだ。

第2に、親指シフトの巻き返しをユーザー主導ではなくハードウェア・メイカー主導によって行うということについて。親指シフト入力に移行するためのハードルが高い以上、親指シフト入力の効率性をユーザーに説得することは得策ではない。それよりも、NICOLAには富士通、ソニー(事業はVaioが継承)、松下電器産業(現パナソニック)、IBM(事業はLenovoが継承)、アップルなどの大手コンピューター・メイカーが賛同していたのだから、これらの企業で新しいキーボードの規格を協議してもらいたいのだ。できればNECなどの企業にも加わってもらいたい。そして、JISかなが日本語入力の方法として不適当であること、ローマ字入力を行うユーザーの迷惑にならない範囲で親指シフト入力が可能なキーボードを製造すること、新しいキーボードを搭載したコンピューターを一斉に大々的に発売することに同意してもらいたいと考えている。

第3に、親指シフトの普及をマスメディアや家電量販店を最大限に利用して国民運動として盛り上げることによって行うことについて。規格競争の時代には、優れたものが生き残るとは限らない。親指シフトの有用性について整理をすることができたら、マスメディアや家電量販店の世論形成機能を最大限に利用して国民運動として盛り上げることによって普及を図ることが重要だと思う。これは、コンピューター市場のシェアを伸ばすなどという次元の話ではないのだ。効率的な日本語入力の方法を普及させることができるかどうかは日本経済の命運を握っていると言って過言ではないとさえ考えている。メイカー、マスメディア、家電量販店の統一行動を期待するのはこのためだ。

そして、ローマ字入力との間の究極の選択は、新しいキーボードが普及した後にゆっくり考えてもらいたい。

初心者に優しいキーボード
ここで、親指シフトの入力方法について振り返ってみよう。キー下部に刻印されているかなは単独で打鍵するが、濁音や半濁音の場合はかなと反対側にある親指キー(左手の守備範囲にあるキーであれば右親指キー、右手の守備範囲にあるキーであれば左親指キー)と同時に打鍵する。キー上部に刻印されているかなは、そのキーと同じ側にある親指キー(左手の守備範囲にあるキーであれば左親指キー、右手の守備範囲にあるキーであれば右親指キー)と同時に打鍵する。

この説明を即座に理解することができる人は、よほど頭の回転の速い人であろう。実は、親指シフトが普及してこなかったのは、このように初心者にとって入力方法が複雑であることも影響していると思う。これは、今後の親指シフトの普及の課題でもある。そこで、初心者でも親指シフトの入力方法を直感的に理解することができるようなキーボードの刻印の仕様を考えてみた。


黒字は単独で打鍵する。赤字青字も単独で打鍵するが、濁音の場合はそれぞれ濁音キー濁音キーと同時に打鍵する。緑字半濁音キーと同時に打鍵する。青マーク赤マークは、それぞれシフト・キーシフト・キーと同時に打鍵する。

説明が簡易になったのではないだろうか。親指キーを複数の名前で読んだが、右親指キーを赤シフト・キー、左親指キーを青シフト・キーと名付けてもよいかもしれない。その場合、説明は以下のようになる。

赤字の濁音と赤マーク赤シフト・キーと同時に打鍵する。青字の濁音、半濁音青マーク青シフト・キーと同時に打鍵する。それ以外は単独で打鍵する。

このように、初心者が入力方法を直感的に理解することができるというのも重要な要素だと思う。

(2004年1月4日掲載、2018年9月12日更新)

やまぶきRに乗り換え
配布が中止になり、Internet Explorerのテクスト・ボック入力時に不具合が起こる親指ひゅんQから、やまぶきRに乗り換えた。

(2011年2月10日執筆、2024年8月5日掲載)

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